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デジタルビデオと行くシルクロード
35、ウルムチ最後の夜
ウルムチのバザールは 予想外に良かった。すくなくとも、トルファンよりはローカルな品が充実していた。ここで、買いそびれたお土産をすべて調達する。
ここは、交通の便が良い分、漢民族が多いのでは、と思っていたのは間違いで、コルラなどよりはるかにウイグル的であった。
写真1
ウルムチのモスク。

写真2
市場の中の飲食コーナー。
 

バザールから ホテルへの帰路、100mほど手前の店で中華料理を食べることにした。意外とこれが難物で、メニューの中国語がわからない。店の人は、内容をジェスチャーで説明してくれる。
どうにか、まともな物を食べていると、何人かが寄ってきて、「どこからきたのか」などと話す。
その中に一人、日本語が上手な青年がいる。「日本は、どこから?」というので、「長野県」とこたえると、「諏訪がなんたら・・」という。
おいおい、と詳しく聞くと、下諏訪町の工場で、2年ほど働いていたという。なんということか!


彼は 、隣の四川料理店の店長だというので、そちらへ移動してビールをご馳走になる。こちらがはるかに立派だ。最初からこちらにすればよかった、と言っても始まらない。   写真3
店長は私の住むエリアの精密工場で働いて蓄財したようす。

手帳からは 、なんと私の町内の人の名前と電話番号まで出てくる。このはるかウルムチで。彼はとにかくいろいろ話してくれる。というか、日本語が通じるだけかもしれないが。
ウイグルは「まずい、汚い、臭い」でなにもない。ウルムチには女がたくさんいて、遊ぶところがいっぱいある、いくらでも世話をする、などと危ないことを言う。


「まずい、汚い、臭い」 はあたっているが、だからこそウイグルなんだ、と私なら言う所だが。
彼の知人へのビデオメッセージとお土産の酒のビンをあずかって、店を出た。それにしても、世の中の狭いこと。
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